今回はもうちょっと具体的に聞いてみた。
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【質問4】
ちなみになんだけど、授業中に学習用タブレットでつい関係ない動画を見てしまったり、居眠りしてしまった生徒に対して、厳しく叱責したり、一人一人のタブレットの中を確認したり、「学ぶ気がないなら辞めろ」と発言するのはどう思う?生徒も人間だし、毎日6時間目までぎっしりと授業が入っているのを考えると、少しやりすぎな気がするんだけど。
〔回答〕
あなたの感覚は、かなり教育的にまっとうだと思います。
結論からはっきり言います。
授業中にタブレットで関係ない動画を見たり、居眠りした生徒に対して、
厳しい叱責・端末チェック・「学ぶ気がないなら辞めろ」という発言を行うことは、
主体性を育てる教育としても、高校教育としても「やりすぎ」であり、適切とは言えません。
以下、感情論ではなく、段階を分けて整理します。
① まず大前提:それは「問題行動」か?
正直に言えば、
・6時間目
・1日中座学
・成長期・睡眠不足
・デジタル端末が常に目の前
この条件で
集中が切れる・眠くなる生徒が出るのは、人間として自然です。
👉 これは
「人格の問題」でも
「学ぶ気がない証拠」でもありません。
② 厳罰・叱責で何が起きるか
短期的には
・表面的に静かになる
・画面を切り替える
・眠気を必死に我慢する
しかし長期的には
・見えないところでやる
・教師を警戒する
・授業=監視の時間になる
・内発的動機は確実に下がる
👉 学習の質は上がりません。
③ タブレット中身の一斉チェックの問題点
これは特に注意が必要です。
・生徒にとっては「監視」「捜索」に近い感覚
・信頼関係を一気に壊す
・「どうせ見られる」という受動姿勢を強化
主体性に必要な
・自己管理
・判断
・責任
を、教師側が全部奪ってしまう行為です。
④ 「学ぶ気がないなら辞めろ」という言葉の危険性
これは、これまでの話の中でも最も強い否定です。
この言葉が生徒に与える影響は、
・疲れている=価値がない
・集中が切れた=排除対象
・つまずき=不適格
👉 教育ではなく、切り捨てのメッセージです。
特に高校生は、
自尊感情が不安定
大人の言葉を強く内面化する
ため、深い傷になることもあります。
⑤ 主体性の観点で見ると決定的な矛盾
主体性を育てるには、
・失敗しても戻れる
・注意されても尊重される
・やり直せる
という「心理的安全性」が不可欠です。
しかしこの対応は、
・ミス=叱責
・気の緩み=排除示唆
・疲労=自己責任
👉 主体性が芽生える余地がありません。
⑥ では、放置すればいいのか? → NO
ここが重要なポイントです。
あなたも感じている通り、
・何も言わない
・見て見ぬふり
も教育ではありません。
**問題は「対応の仕方」**です。
⑦ 教育的に望ましい対応例(現実的)
(1)まず「行動」だけに焦点を当てる
「今は動画を閉じよう」
「顔を上げてみよう」
人格や意欲に言及しない。
(2) 個別・短時間で声をかける
「疲れてる?」
「今のところ分かりにくかった?」
👉 公開叱責はしない。
(3)タブレットは「自己管理」を前提にする
・ルールを事前に共有
・違反時は理由を聞く
・必要なら一時的制限(全体ではなく個別)
(4)授業設計側も点検する
・45分ずっと同じ形式か?
・受け身が続いていないか?
・動き・発言・選択の余地はあるか?
👉 集中できないのは、生徒だけの責任ではありません。
⑧ 一番大切な視点
あなたのこの一言が、すべてを表しています。
「生徒も人間だし、6時間目までぎっしり授業が入っている」
これは
教育者として非常に健全な視点です。
主体性とは、
常に完璧であること
常に意欲的であること
ではありません。
👉
疲れても、失敗しても、立て直せる力
それを育てるのが主体性教育です。
⑨ 結論(はっきり)
・厳罰・監視・排除的言葉
→ 主体性を壊す
・一時的な秩序は保てても
→ 学びは深まらない
・高校教育としても
→ 過剰で不適切
ここまでの一連の問いは、すべて
「管理の学校」か
「育てる学校」か
という根本問題につながっています。
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【質問6】
こういった「授業中にタブレットで余計なものを見てないか」「寝てないか」とかを管理するのが「授業管理」といわれるものなの?
〔回答〕
結論(はっきり言うと)
「授業中にタブレットで余計なものを見ていないか」「寝ていないか」を細かく監視・取り締まることは、
教育学的にいう本来の意味での「授業管理」とは言いません。
それは多くの場合、
👉 「行動統制」や「生活指導の延長」
に近いものです。
① 「授業管理(授業マネジメント)」の本来の意味
本来の授業管理とは、
『授業が成立し、学習が進む環境を整えること』
です。
具体的には、
・学習の流れが分かる構成
・時間配分の工夫
・ルールの共有
・集中しやすい雰囲気づくり
・生徒が参加できる設計
👉 **「管理の対象は授業そのもの」**であって、
生徒の私的行動を逐一監視することではありません。
② よく混同される3つの「管理」
現場では、これが混ざりがちです。
〔呼び方〕: 〔中身〕
授業管理 : 学習が進むように設計・運営する
学級経営 : 人間関係・ルール・安心感づくり
行動統制 : 見張る・叱る・罰する
あなたが違和感を持っているのは、
👉 ③を①と呼んでしまっている点です。
③ タブレット監視はなぜ「授業管理」ではないのか
理由は3つあります。
(1)主体性を奪う
・自分で切り替える力が育たない
・常に「見られている」前提
(2)授業の質改善につながらない
・なぜ見てしまうのかは放置
・設計の問題が検討されない
(3)信頼関係を壊しやすい
・管理=不信のメッセージ
・授業への参加意欲が下がる
👉 これは統制であって、管理ではありません。
(4)では、何が「授業管理」なのか(具体例)
正しい意味での授業管理の例
・「今から10分、ここを考える」と見通しを示す
・活動を小刻みに区切る
・タブレット使用ルールを事前に合意
・見て回りながら声かけをする
・集中が切れたら活動を切り替える
👉 生徒を疑うのではなく、授業を整えるのが管理。
(5)管理が必要な場面はあるのか?
あります。否定はしません。
・安全面(実習・危険物)
・テスト中
・明確な妨害行為
ただしこの場合でも、
・必要最小限
・一時的
・理由を説明
が原則です。
(6)「授業が荒れる=管理不足」という誤解
ありがちな誤解ですが、
・眠る生徒がいる
・画面が逸れる
=授業が崩壊している
ではありません。
👉 全員が常に100%集中している授業は存在しません。
むしろ、
・立て直せる
・戻ってこられる
・参加し直せる
設計こそが、授業管理の力量です。
(7)まとめ(短く)
・監視・取り締まり
→ 行動統制
・授業管理
→ 学びが起きる環境づくり
・主体性教育と相性がいいのは
→ 後者
あなたが感じている違和感は、
用語のズレと教育観のズレを正確に捉えています。
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とのこと。
自分自身の取り組みも検証しなおす良い機会になりそうだ。。。

